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札幌高等裁判所 昭和44年(う)100号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 盛本金也

弁護人 福岡定吉

検察官 鎌田好夫 隈井光

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官隈井光提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人福岡定吉作成名義の答弁書記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。

検察官の所論は要するに、北海道海面漁業調整規則五五条一項一号、三六条の罪が原則としてわが国の領海および公海においてなされた漁業についてのみ成立するとした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるというのであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

北海道海面漁業調整規則(以下、「本規則」という。)は、その前文および一条からも明らかなように、漁業法六五条一項および水産資源保護法四条一項の規定に基づき、右両法律の委任により、海面についての水産資源の保護培養およびその維持ならびに漁業調整を目的として制定されたものであつて、本規則五五条一項一号、三六条四号は、これらの法律の右各条項の各一号にいう「水産動植物の採捕」「に関する制限又は禁止」に関する規定である。したがつて、本規則五五条一項一号、三六条四号が規制する海面の範囲を決定するには、まず、その根拠法則である漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲について考察しなければならない。そして、漁業法および水産資源保護法がともに、場所的には公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面につき適用されることは、漁業法三条、四条および水産資源保護法二条、三条によつて明らかであるが、右の公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面の意義ないし範囲は必ずしも明らかでないから、右両法中のある条項の適用の可否を問題とするに際しては、右両法全体および当該条項の目的、趣旨等を勘案して右の意義ないし範囲を決すべきであるとともに、本件のように、適用の可否が問題となる条項が罰則であるときは、右の公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面は場所的規制範囲を限定する構成要件要素として理解しなければならない。本件においては、この観点から、まず漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号における公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面の意義ないし範囲が-構成要件上場所的規制範囲を限定するものとして-問われることとなる。この点、原判決は、右両法条の場所的適用範囲は、前記の漁業法三条、四条および水産資源保護法二条、三条の規定とかかわりなく、右両法全体の目的性格と前記両法条の内容に照らして決せられるべきであるとし、当裁判所と見解を異にするが、両者の見解の差は、前記両法条の場所的適用範囲を論ずるに当つて、漁業法三条、四条および水産資源保護法二条、三条の「公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面」なる観念を介在させるかどうかの点の差にすぎないから、重要なものではない。

ところで、まず、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号は、いずれも主務(農林)大臣又は都道府県知事に、水産動植物の採捕等に関する制限又は禁止についての命令を定める権限を与えたものである。右両法条の目的を、前者については、「漁業取締その他漁業調整のため」という要件が、また後者については「水産資源の保護培養のため」という要件が付されていることと、漁業法一条および水産資源保護法一条に掲げられている右両法全体の目的とを併せ勘案して考えると、それは、前者については、限られた資源と漁場のもとで漁法、漁具、船舶等の面で進歩著しい漁業技術の駆使を、事業規模や資力に格差のある漁業者の自由な競争に委ね放任することによる不幸な事態を防ぐため、乱獲を押えて水産資源の適正な利用ないし保護培養を図るとともに、自由競争を制限して、漁業に頼らざるを得ない多くの中小規模の漁民の事業と生活を保護することにあり、後者については、右のうち、特に水産資源の適正な利用ないし保護培養という面に主眼をおいているといえよう。そして、水産資源の適正な利用ないし保護培養という見地からは、操業の事実上可能なおよそ全海域を規制範囲とし、また漁民保護の立場からも-それには抜け駆け的な漁獲競争も抑止されるべきであるから-同様におよそ事実上操業可能な全海域を規制の範囲に含めるというのが最も目的に適うことになる。したがつて、この行政目的を強調し、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲を事実上操業可能なおよそ全海域とし、少なくとも、右の海域中そこでの操業がわが国における水産資源の適正利用ないし保護培養と漁民保護とに相当な影響を有する場合をこれに含ませるとすることにも、一応の理由があるといわなければならない。

しかし、このように解するならば、右の両法条の委任命令に違反する操業を行なつた場合は、その場所のいかんを問わず現実に操業した以上事実上操業可能な海域で操業をなしたとされる公算が大きく、かくては具体的適用の場において、右両法条の場所的適用範囲を論ずる実益はほとんど失なわれることになろう。漁業法および水産資源保護法が一切の水域を規制対象とし属人的に効力を持たせる法律であるならば格別、前述したように、それは、漁業法についてはその三条、四条、水産資源保護法についてはその二条、三条によつて場所的適用範囲の限定を予想していると解される以上、前記の見解を是認し得るか否かについては、さらに慎重な検討が加えられなければならない。そして、漁業法および水産資源保護法が、何といつても、漁業および水産資源保護に関する一般法であり、漁業法三条、四条および水産資源保護法二条、三条も特殊の限定された水域を規制範囲として予定しているとは解されないところであるから、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲を論ずるに当つて、前述した操業可能な海域であるかどうかの観点から考察を進めるとしても、それはやはり一般的に操業可能な海域といえるかどうかを問題にすべきであろう。

右の見地から考えると、まず、わが国の領海において一般的に事実上操業が可能なことはあらためていうまでもなく、また公海は、国際法上あらゆる国の人が航行、通商、漁業等のために原則として自由に使用できるのであつて、現実にもわが国の漁民は広く世界各地の公海で漁業を営んでいるところであるから、やはりそこでは一般的に操業が事実上可能であるといつてよいであろう。しかし、外国の領海についてはこれと同一には論じ得ない。すなわち、原判決も指摘しているように、外国の領海は国際法上当該外国の属地的統治に委ねられ、他の国は無害航行等特別の場合を除いては自由に使用できないのであつて、漁業についても、当該外国はその領海につき排他的権利を有するのである。したがつて、国際法上わが国の漁業者は外国領海において漁業を行なうことはできなく、またもしこれを行なえば、当該外国により領海侵犯等の理由で取締りを受け処罰されてもやむを得ないところであるから、実際にもわが国の漁業者は外国の領海に立ち入つてまで操業することをさし控えるのが通例である。したがつて、外国の領海は、わが国と当該外国間の条約等の合意によりそこでのわが国の漁業が許されている場合を除き、一般的に操業が事実上可能な水域とはいえないというべきである。

以上みたとおり漁業法六五条一項一号および水産資源法四条一項一号の目的、趣旨と漁業法および水産資源保護法の性格とを併せ考えると、右両法条による規制の場所的範囲は原則として領海(内水をも含む。)および公海に限られ、外国領海については、わが国と当該外国間の条約等の合意により、そこにおけるわが国の漁業が承認されている場合を除きこれに含まれないと解するのが相当である。原判決は、この点につき、問題となる水域において漁業調整上の各種規制が必要かつ効果を挙げ得るかどうかという観点から論義を進め、外国の領海における漁業にまで漁業調整上の規制を一般的に及ぼす必要があるか否かはすこぶる疑問であるとし、結局当裁判所と同じ結論に到達しているが、ある範囲の水域に漁業調整上の規制を(一般的に)及ぼす必要があるかということとそこにおいて(一般的に)操業が事実上可能かどうかということは表裏一体の関係にあるから、両者は同じ趣旨を観点を変えて述べたにすぎないものといい得よう。

次に、前述したように、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号は、いずれも主務(農林)大臣又は都道府県知事に水産動植物の採捕等に関する制限又は禁止についての命令を定める権限を与えたものであるが、水産資源保護法九条等の規定によれば、右命令における禁止は、反面、特定の場合において命令権者の許可又は免許による解除があることを予定していると解しなければならない。本件で問題になつているさけ刺し網漁業についても、本規則三六条によると、これを営んではならないが、漁業権又は入漁権にもとづいてする場合はこのかぎりではないとされている。漁業権は、都道府県知事の免許によつて設定され(漁業法一〇条)、入漁権は漁業権に基礎をおいている(同法七条)から、このような漁業は結局都道府県知事の免許を前提としていることになる。ところで、この免許は、漁業権の設定を目的としたものであるから、いわゆる特許にあたり、いわゆる許可から区別して理解されるべきかもしれない。しかし、罰則の適用の関係で考察すると(特に本規則においては、その三六条、五五条の規定の形式自体からも明らかなように、)、さけ刺し網漁業は一般的に禁止され、それに違反したものは処罰の対象とされ、ただ漁業権又は入漁権にもとづいてする場合にかぎつて処罰の対象とされないのであるから、一般的禁止が許可によつて解除されないかぎり処罰の対象とされる場合と異なるところはない。つまり、本規則三六条は、右にのべたような、一般的禁止と、それが行政庁の許可又は免許によつて解除される場合があることを規定しているものとみてよいであろう。そして、このような場合においては、右の禁止の場所的範囲は許可等の性質、範囲という観点からも考察されなければならない。もつとも、一般的にいつて禁止の範囲と許可等の可能な範囲が常に一致しなければならないということはなく、それは場所的範囲についても例外ではないということはいえるかもしれない。しかし、前記のように許可等による解除が留保されている場合における漁業の禁止についての違反は、やはり許可等を受けないで禁止に背き漁業を営んだ場合を指し、許可等の可能であることを前提としていると解するのが相当であり、この場合の禁止が許可等のおよそあり得ない水域における漁業をも規制の対象として含んでいると解することは困難である。したがつて、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号に基づく命令における禁止の場所的適用範囲は、少なくとも右命令において許可等による解除が留保されている場合においては、右の許可等の可能な場所的範囲と一致して考えられるべきものである。しかるところ、主務(農林)大臣又は都道府県知事が外国の領海について漁業に関する許可等を与えるということは、当該外国との条約上の取り決め等により、外国がそこにおけるわが国の漁業を承認し、その結果漁業調整の必要が生ずる場合のほかは国際法上考えられないところであり(特に漁業権は、特定の水面において漁業を営む権利であり、かつ、土地に関する規定を準用される物権とみなされる権利(漁業法二三条一項)であるが、外国の領域に属する地域についてまでこのような権利を設定できるとすることはとうてい考えがたいところである。)、この点からも漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲は-少なくとも許可等による解除が留保されている本規則三六条のような規定の適用が問題となる場合においては-、原則として外国の領海に及ばないと解するのが相当である。

また、原判決も指摘するように、漁業法はその一三四条において、主務大臣又は都道府県知事は、漁業調整のため必要な場合には、当該官吏、吏員をして漁場、船舶等に臨んで状況、物件等の検査をさせ得る旨規定しており、これは漁業法六五条一項一号に関しても例外ではないと認められるが、前述したとおり、外国領海は国際法上はわが国の行政権の実力を正当に及ぼし得ない地域であり、したがつてわが国は外国領海に立ち入つてまで、右の検査を含む漁業取締の実力を行使し得ないものというべきであり、このことも漁業法六五条一項一号の場所的適用範囲に関して前記のように解することの一つの根拠となるであろう。

さらに、漁業法および水産資源保護法は、右両法の各一条に掲げられた行政目的を達成するために定められた、いわゆる行政法規に属するが、原判決も述べるように、一般に行政法規はこれを制定する機関の権限の及ぶ全地域に効力を有すると同時に、その地域に限界を有するのが原則であるとされていることが留意されなければならない。これを国会の制定する法律についていえば、それはわが国の全領土および領海にわたつて効力を有するとともにそこに限界を有するのが原則なのである。もとより、これはあくまでも原則であつて、行政法規の目的ないし性格のいかんによつては、これを制定する機関の権限の及ぶ地域を越えて属人的にその効力を及ぼさせることも不可能ではないであろう。たとえば、国外において旅券の発給を受けようとする場合に関する旅券法の規定がそれである。ただ、この場合はあくまでも例外なのであるから、そのように認められるためには、当該行政法規にその旨の明文が存するか又は当該法規の目的ないし性格から明確にその趣旨が導かれることを要するというべきである。しかるところ、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲が外国領海に及ぶことの明文はないし、また同法の目的、性格からその趣旨が明確であるともいえないことは、前述したところにより自ら明らかであろう。

以上を総合していえば、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号の場所的適用範囲、すなわち、右各条項における公共用水面又はこれと連接一体をなす非公共用水面の範囲、したがつてまた本規則五五条一項一号、三六条四号の場所的適用範囲は原則としてわが国の領海および公海に限られると解するのが相当ということになる。なお、本規則については、さらに、その制定権者が北海道知事であるところから、右の適用範囲はさらに制約を受け、北海道における水産資源の保護培養およびその維持ならびに漁業調整を行なう必要がある海域で、かつ北海道知事が事実上取締を行なうことが可能な範囲に限定されるのではないかという問題があるが(昭和一二年一二月二日大審院判決、昭和三五年一二月六日最高裁判所判決参照)、本件においてはこの点を論ずる必要はない(ちなみに、漁業法六五条一項一号および水産資源保護法四条一項一号、さらに本規則五五条一項一号、三六条四号の場所的適用範囲を右のように解することは、わが国に近接する外国の領海、特にわが沿岸漁業等の漁場として適する海域にわが国の漁船がひそかに侵入して操業する行為を放任することとなり、このことは行政目的という観点からは好ましくないものといえよう。しかし、刑罰法規はおよそその目的に反するあらゆる行為を処罰の対象とするのではなく、そこには自ら当該法規の性格、文理等から導かれる合理的な限界が存するというべきであつて、すでに検討を加えたところによれば、右のような行為の禁遏は現行漁業法および水産資源保護法、さらには本規則のわく外のものであり、その趣旨を明示した新たな立法措置に委ねられるべきものと考える。)。そして、記録によれば、本件公訴事実記載の被告人の操業の地点がクナシリ島沿岸から三海里を越えた海域であつたことは証拠上明らかでなく、所論もこれを争わないところ、原判決が説くような理由によつて、クナシリ島およびその領海は、領土的な帰属はともかくとして、現在ソヴイエト社会主義共和国連邦が属地的に統治し、わが国が統治権の実力を行使し得ない点で一般の外国領海と同一視することができ、それ故クナシリ島沖三海里以内の海域は、外国の領海と同様、漁業法六五条一項一号、水産資源保護法四条一項一号、さらには本規則五五条一項一号、三六条四号の規制の対象とされていない場所とみるべきであるから、被告人の本件操業地点が右場所であることの可能性がある以上、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰する。したがつて、これと結論を同じくする原判決には何ら所論のような法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

よつて、本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深谷真也 裁判官 小林充 裁判官 岨野悌介)

原審検察官の控訴趣意

原判決には、法令の解釈・適用を誤つた違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

すなわち原判決は、

「被告人は、動力漁船第一二・三光丸(総トン数六・九四トン)の船長として乗組み、漁業を営んでいるものであるが、法定の除外事由がないのに、昭和四二年一〇月五日午前六時ころから同日午前九時三〇分ころまでの間クナシリ島ノツテツト埼西約三海里附近の海上において、同船によりさけ刺し網三〇反を使用して、さけ約二〇〇尾を採捕し、もつてさけ刺し網漁業を営んだものである。」

との公訴事実に対し、

「被告人は、父盛本金次郎所有名義の第一二・三光丸(総トン数六・九四トン)に船長兼漁撈長として乗り組んでいたものであるが、野宮謙二ほか二名を同船に乗り組ませ、漁業権又は入漁権にもとずかないで、昭和四二年一〇月五日午前六時ころから同日午前九時三〇分ころまでの間に、クナシリ島ノツテツト埼西方約三海里附近の海上において、同船により刺し網約三〇反を使用してさけ約一七〇尾を採捕したことが認められる。しかし右採捕に際し、被告人が刺し網を投網設置し、または揚網した場所(以下本件操業地点という)が、クナシリ島の沿岸線から三海里を越えていたことは、本件全証拠によるも、これを認めるに足りず、またクナシリ島沖二・八海里の地点で操業をなしたという被告人の弁解も、レーダーの誤差、網の長さ等も考慮すると一概に信用できないから、結局本件操業地点はクナシリ島の沿岸線から三海里以内にあつたか、三海里を越えた水域にあつたかは、いずれとも断定できない。」

と認定したうえ、北海道海面漁業調整規則は、外国領海に適用されないところ、右クナシリ島沖三海里以内は、ソ連邦の属地的統治権に属する海面であつて、外国領海と同一視すべきものであるから、結局本件については、前記規則の適用がなく、犯罪の証明がないとして無罪の言い渡しをした。原判決の理由中、本件操業海域がクナシリ島の沿岸線より三海里以内であるか否かいずれとも認定し難いとする点については、証拠上やむを得ないものと考えるが、しかしその余の判断については、法令の解釈適用を誤つた違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと確信する。

一、本件操業海域は、北海道海面漁業調整規則(以下「同規則」もしくは「規則」と略称する)第三六条第四号、第五五条第一項第一号の適用水面である。

同規則の場所的適用範囲に関しては、規則自体に直接規定がないので、結局その根拠法である漁業法第六五条第一項、および水産資源保護法第四条第一項の適用範囲により決定すべきものであることは、原判決の指摘しているとおりである。

しかして漁業法は、その第三条および第四条により、公共用水面またはこれと連接一体をなす非公共用水面に適用する旨規定しており、水産資源保護法もその第二条および第三条で、同旨の規定を設けている。しかし右両法とも、右公共用水面等の具体的な範囲を明定していないので、これを決定するにあたつては、両法の立法趣旨に照らして、合理的に解釈適用されねばならないところである。

そこで両法の立法趣旨について考察するに、漁業法第一条は、「この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて、水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。」と規定し、また水産資源保護法第一条は、「水産資源の保護培養を図り、且つその効果を将来にわたつて維持することにより、漁業の発展に寄与することを目的とする。」と規定し、それぞれその立法趣旨を明らかにしている。

右両法の目的とするところを綜合すれば、それは要するに限られた資源と漁場のもとで、漁法・漁具・船舶等の進歩の著しい漁業技術の駆使を、事業規模等に著しい格差のある漁業者の自由競争に委ね放任することによる弊害を防ぎ、乱獲を抑えて水産資源の適正な利用をはかるため各種の規制を行ない、もつて沿岸漁業に頼らざるを得ない多数の漁民の事業と生活を保護するとともに、さらに進んで水産資源の保護培養をはかり、わが国漁業の発展を期することにあるものと解される。

そして漁業法第六五条第一項および水産資源保護法第四条第一項は、いずれも右立法趣旨を達成するための行政上の規制として、水産動植物の採捕に関する制限・禁止等を省令または規則に委任し得る旨の規定であり、これにもとづいて規則第三六条第四号が設けられ、さけ刺し網漁業等所定の漁業を禁止しているのである。

そうだとすれば、すくなくとも当該海域での操業が、わが国における水産資源の適正利用・保護培養および漁民保護等に相当の影響を有する場合には、これを漁業法第六五条第一項・水産資源保護法第四条第一項、したがつてまた規則第三六条第四号の適用範囲に含まれるものと解せざるを得ないのである。

そこで本件操業海域について考察するに、同海域は地理的にもわが国の重要な漁場である根室海域に接し、両者はまさに連接一体の状態にあり、わが国の漁民が本件操業海域に出漁することはかなり容易であり、現に同海域で操業する者が少くないことも顕著な事実である。そして同海域における操業が、根室海域ないし北海道沿岸水域の漁業調整および水産資源の保護培養上、無視し難い重大な影響を有するものであることは明らかなところである。(いわゆる「北島丸事件」に関する昭和四三・一二・一九札幌高裁判決参照。)

けだし、魚類は領海線等によつて区分・固定されているものではなく、これとはかかわりなしに回遊しているものである。しかも水産資源は無限ではなく、無制限な乱獲が行なわれれば、たちまちにして枯渇する運命にあるものである。したがつてもし、本件操業海域におけるわが国民の操業を放任すれば、それは同時に根室海域等における漁業資源の枯渇化をも招来し、わが国の沿岸漁業者に深刻な打撃を与え、わが国漁業の発展は、到底期待し得べくもないこととなるのである。かかる状態が、漁業法および水産資源保護法の立法趣旨と全く相容れないものであることについては、一点の疑いもないところであろう。

したがつて、右両法の立法趣旨ならびに本件操業海域の特殊性を認識すれば、本件操業海域に対しても漁業法第六五条第一項および水産資源保護法第四条第一項の適用があることは明らかであり、したがつてその委任立法である規則第三六条第四号による規制が、本件操業海域について及ぶことも動かし難いところといわねばならない。

二、原判決が、本件について規則第三六条第四号、第五五条第一項第一号違反の罪が成立しない理由として説示するところは、いずれも失当であつて到底承服し難い。

1. まず原判決は、漁業法および水産資源保護法の適用範囲がわが国の領海のみならず、公海についても及ぶことを認めながら、「外国領海については、当該外国が領土と同様属地的に統治権を有し、自由に使用することができるのであつて、他の国ないし国民は、船舶の無害航行等特別な場合は別としてこれを自由に使用できないことは、すでに国際慣習法として確立した原則であり、日本国、アメリカ合衆国、ソヴイエト社会主義共和国連邦(以下ソ連邦という。)等主要国が当事国となり、わが国においては、昭和四三年七月一〇日発効した「領海及び接続水域に関する条約」もこの趣旨を明らかにしている。漁業についても外国領海は、当該外国が原則として排他的に使用する権利を有する。したがつて、水産資源保護の目的で、日本国が外国領海における水産動植物の採捕の規制をしても、その目的を達し得るか否かはすこぶる疑問であつて、この目的のために水産資源保護法の定める各種規制を、外国の領海にまで及ぼす必要はないものといわねばならない。また日本国民が、外国の領海において漁業を営んだ場合には、当該外国により領海侵犯等の理由で、取締りを受け処罰されても国際法上は止むを得ないところであるから、漁業者は外国の領海に立ち入つて漁業を営むことを差控えるのが通例であり、したがつて、国家間の条約上の合意等により外国がその領海における日本国民の漁業を容認している場合は格別、外国領海における漁業にまで漁業調整という目的から、一般的に漁業法の各種規制を加える必要があるか否かも疑問である。」旨判示し、これを規則第三六条第四号、第五五条第一項第一号違反の成立しない理由の一にあげている。

外国領海が、国際法上当該外国の属地的統治に委ねられ、したがつて当該国家は漁業についても排他的権利を有し、わが国の漁業者がこの領域を侵して漁業を行なえば、当該外国によつて領海侵犯等の理由で処罰されてもやむを得ないことは、原判決の指摘をまつまでもなく、当然のことである。

しかしながら、本件操業海域が、外国領海にあたるとの原判決の判断自体承服しえないところであるが、(なお、原判決は、クナシリ島の統治権の帰属に関し詳細な説示をしているが、その論旨は要するに、同島の統治権は現在ソ連邦に合法的に帰属しており、わが国はその統治権を有さず、したがつて同島の領海である本件操業海域についても、ソ連邦が属地的に統治していて、わが国は属人的にも統治権を行使し得ない点で、外国領海と同一視されるというにある。そして原判決は、右見解を前提として、本件操業海域が、規則第三六条第四号の適用水面であるかどうかの判断を進めているものと解される。原判決の、クナシリ島の統治権の帰属に関する右見解は、にわかに承服し難いところであつて、同島は現在においても、わが国の領土であり、したがつてわが国は本件海域についても当然統治権を保有しているのであるが、ソ連邦が事実上同島を支配している現状にあるため、統治権の行使が阻害されているに過ぎないと解すべきものと思料する。しかし、本件の争点である本件操業海域が規則第三六条第四号の規制範囲に含まれるかどうかは、クナシリ島および本件海域に関する統治権の帰属如何によつて、その結論に消長を来たすものでないことは、以下に詳論するとおりであるから、右見解の不当については原審における検察官の主張を援用するにとどめる。)かりに本件操業海域が外国領海にあたるとしても、そのことの故をもつて直ちに外国領海における漁業に関し、漁業法および水産資源保護法の規制がおよぶことを否定する原判決の結論には、明らかに飛躍があるのみならず、本件操業海域をめぐる漁業の実態をはなはだしく軽視した謬見であるといわざるを得ない。

すなわち、漁業法第六五条第一項および水産資源保護法第四条第一項は、いずれも水産動植物の採捕に関する制限、禁止等の行政上の規制を行なうことを趣旨とする規定であるが、国がある行政目的のため、自国民に対し、特定の行為を一般的に法律で禁止しようとする場合、その場所的範囲を含む禁止の規模は、憲法の枠内で合目的的に決定されてしかるべきものであり、必要があれば、自国民の他国における一定行為を禁ずることも、もとより不可能ではなく、そのこと自体は、何ら他国の主権を侵すことにはならない。したがつて、特定の漁業をどの範囲の海域について禁止するかということも、基本的にはわが国の漁業政策上の問題に過ぎないのであつて、統治権の帰属如何によつて国際法上当然に制限を受けるという性質のものでないことは明らかである。(前掲札幌高裁判決参照。)

しかして、本件操業海域における操業が、わが国の漁業調整および水産資源の保護培養上重大な影響を有し、漁業法および水産資源保護法の立法趣旨を全うするため、右操業についても規則第三六条第四号の規制を行なう必要のあることについては、すでに詳述したとおりである。そしてかかる規制をすることは、当該地域がかりに外国領海にあたるとしても、当該外国の主権を侵すものではなく当然になしうるところであり、むしろ水産資源の枯渇を防止するための「漁業および公海の生物資源の保存に関する条約」(一九五八年)「北太平洋の公海における漁業に関する日本国とソヴイエト社会主義共和国連邦との間の条約」(昭和三一年一二月一二日条約二二号)等の趣旨にも合致する国際協力の実現であるといいうるのである。

原判決も、「もつとも右のわが国の領海ないし公海に隣接する外国の領海で、特にわが沿岸漁業の漁場として適する海域においては、わが国の漁船がひそかにそこに侵入して操業することが多くなり、そのことが当該沿岸漁業秩序に好ましくない影響を与え、そのため右外国領海にまで漁業調整上の行政規制を及ぼす必要が生ずることもあり得ないわけではない。」とし、暗に本件操業海域における操業に対し、規制の必要が存することを肯認しつつ、「しかし現行の漁業法が、外国領海にも適用されるとする解釈は、同法が違反行為に罰則を定めている関係で、罪刑法定主義の見地からも到底採用できず、この点は新たな立法措置に委ねられるべきである。」とし漁業調整上の必要があつても、他国の主権を侵すような規制はゆるされないから、法令により明確にその規制が定められていることが必要であると解しているようである。しかしながら本件海域が規則第三六条第四号の適用範囲に含まれると主張する所以のものは、既に述べたとおり、その根拠法である漁業法および水産資源保護法を、合理的に解釈した帰結に外ならず、そのことはなんら他国の統治権を侵すものではないのであるから、これを目して拡張解釈であり、罪刑法定主義にもとるものと非難する原判決の見解は、明らかに当を失したものといわねばならない。

以上詳論したように外国領海が、(本件操業海域が外国領海であるとする判旨には、にわかに承服できないところであるが)当該国の属地的統治に委ねられ、漁業に関してもその排他的権利の存することを論拠として、本件操業海域が規則第三六条第四号の適用範囲に含まれないとする原判決の見解は、明らかに性急に失した速断であり、採用するに由なきものというべきである。

2. つぎに原判決は、「漁業法は、一三四条において、主務大臣または都道府県知事は、漁業調整等のため必要な場合には、当該官吏吏員をして漁場、船舶等に臨んで状況、物件等の検査をさせ得る旨規定しているが、すでに述べたとおり外国領海は、国際法上はわが国の行政権の実力を正当に及ぼし得ない地域であり、国際法規の遵守をうたう日本国憲法の趣旨からも、わが国は外国領海に立ち入つてまで右検査を含む漁業取締りの実力を行使し得ないものというべきである。」と判示し、外国領海におけるわが国の漁業取締り上の実力行使が、不可能であることを理由にあげている。

なるほど、漁業法第一三四条第一項の規定する漁業調整上の取締り措置のうち、「漁場に臨んで状況、物件等を検査する」場合については、その漁場が他国の領海内である限り、原判決の指摘するとおり、取締りの実力を行使し得ないことは確かである。しかしながら漁業調整上の取締り措置は、単に漁場に臨んでの検査すなわちいわゆる臨検のみに限られるものではない。

けだし漁業とは法第二条において定義しているとおり、「水産動植物の採捕又は養殖の事業をいう」のであつて、それは単に水産動植物の採捕または養殖行為のみを指すのではなく、これを中核とする事業全体を意味しているのであり、具体的には資金、資材の入手等の事前の準備行為、採捕または養殖行為、その結果取得された水産動植物の処分行為等の一連の過程をすべて包含するものである。したがつて、かかる漁業に対する取締りの徹底を期そうとすれば、単に漁場に臨んで操業の状況等を検査するのみでは到底不十分であり、当該事業の全般にわたつて各種の検査等をなし得ることとすべきである。さればこそ法第一三四条第一項は「主務大臣又は都道府県知事は、漁業の免許又は許可をし、漁業調整をし、その他この法律又はこの法律に基づく命令に規定する事項を処理するために必要があると認めるときは、漁業に関し必要な報告を徴し、又は当該官吏吏員をして漁場、船舶、事業場又は事務所に臨んでその状況若しくは帳簿その他の物件を検査させることができる」と規定し、いわゆる臨検以外にも各種の取締り措置を行ない得ることとしているのである。

その結果、たとえば他国の領海において操業する違反漁船を、右領海の周辺において監視し、同漁船が自国の領海内に戻つた際、これを取締ることも可能であるし、また事業所等に対する検査によつても取締りの実をあげ得るものである。

結局原判決は、右取締り措置の一つにすぎない漁場に臨んでの検査のみに着目し、それが外国領海において行なわれ得ないことを根拠に、外国領海における漁業に対しては、もはや何等の取締りをも行ない得ないものの如く速断しているのであつて、正鵠をえていないものというべきである。

3. さらに原判決は、「翻つて考えるに漁業法および水産資源保護法は、いずれも国家権力にもとづきその統治する人民に対し、行政目的のために規制を加えるいわゆる行政法規であるが、行政法規は本来当該行政法規を制定する機関の権限が及ぶ地域(即ち国の制定する法律については領土および領海内)に属地的に効力を有するのが原則である。もちろん行政目的の見地から必要な場合は、その権限の及ぶ地域を越えて属人的にその統治に服する人民を規制することは立法上可能であろう。しかしこのような場合はあくまでも属地主義の例外であるから、当該法規の目的性格上属地的管轄地域を越えて規制を及ぼす趣旨であることが明らかであるかまたは明文をもつてその旨を規定することが人民の利益のために必要である。」と判示し、行政法規である漁業法および水産資源保護法は、属地的効力を有するにとどまることを理由の一つに加えている。

なるほど、原判決のいうように、右両法の定める規制のうちには、漁業権の設定等の如く、その性質上当然外国の領海に及び得ないもののあることは確かである。しかしながら、両法の規定する各種漁業の一般的禁止は、本来属人的にも効力を持たせ得る行政上の権力作用であり、すでに前記1で述べたとおり、行政目的のため必要ならば、自国民の他国における一定行為を禁ずることも当然可能なのである。つまり国外にある自国民に対し、如何なる権力作用を及ぼし得るかは、当該権力作用の具体的な性質によつて異なることであり、単に漁業法および水産資源保護法が行政法規に属するとの一事をもつて、右両法の各種規制が一律共通に属地的効力を有するにとどまるとする原判決の見解は、余りにも素朴単純に過ぎるものといわざるを得ない。なお、原判決は、当該法規の目的・性格から、その趣旨であることが明らかであるか、または明規の存する場合には、右属地主義の例外を認め得るとしながら、本件の場合は右例外の場合に該当しないものと解しているようであるが、この点についてはすでに詳述したとおり漁業法第六五条第一項、水産資源保護法第四条第一項および規則第三六条第四号の法意に照すと、まさにその目的・性格から本件海域をその規制範囲としていることが明らかであるので、この点においても原判決は失当たるを免れないのである。

以上論証したとおり、本件海域がソ連邦の属地的統治権に属する海面であり、したがつて、同海域におけるわが国民の操業については、規則第三六条第四号の適用がないとして、無罪の判示をした原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、到底破棄を免れないものと確信する。

よつて原判決を破棄し、さらに適正な裁判を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

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